人類はなぜ旅をするのか|好奇心遺伝子DRD4-7Rと移住の関係
「ひとつところに留まっていちゃあ、情が移っていけねぇ」
映画『男はつらいよ』の寅さんが残したこの言葉、あなたはどう感じるだろうか。共感する人もいれば、「なぜそこまで旅をしたがるのか」と首を傾げる人もいるだろう。
旅への衝動の強さには、遺伝子が関係しているという仮説がある。人類の約20〜25%が持つとされる「DRD4-7R」という遺伝子変異——別名「冒険家遺伝子」と呼ばれるこの遺伝子が、人類の移動史に影響を与えているという。
引っ越しや移住について調べていくうちに、昔どこかで読んだ記事を思い出した。ハエの実験から冒険家遺伝子を見つけた。そして海を渡ったモンゴロイドにはその遺伝子がある、というような…。今回は、それを出発点に移動の歴史を紐解いてみたい。
🧬 DRD4-7Rとは何か
ドーパミン受容体の変異
DRD4-7Rは、ドーパミン受容体D4をコードする遺伝子の変異型である。ドーパミンは脳内で「快感」を司る神経伝達物質で、何か嬉しいことがあると分泌され、私たちに喜びをもたらす。
通常、人間が持つDRD4遺伝子は「4R」という型が最も一般的で、全人口の約65%がこれを持つ。次に多いのが「7R」型で約20%、その他に「2R」型が約9%存在する。
• 4R型: 約65%(最も一般的)
• 7R型: 約20%(冒険家型)
• 2R型: 約9%
• その他(8R以上): 1%未満
なぜ「冒険家遺伝子」と呼ばれるのか
7R型を持つ人の脳内では、ドーパミン受容体の働きが通常よりも鈍い。そのため、同じ「快感」を得るために、より強い刺激が必要になる。これが、新しい場所への探索、未知への好奇心、リスクを伴う冒険といった行動を引き起こすと考えられている。
🌍 人類の移動史とDRD4-7R
アフリカを出た人々
人類の祖先は約20万年前にアフリカで誕生し、約6〜7万年前に「出アフリカ」を果たした。そこから世界中に散らばり、今日の私たちがいる。
ある研究ではDRD4-7Rの保有率は、アフリカから離れた地域ほど高くなるという傾向が見られた。そこで移動距離と遺伝子頻度の間に明確な相関関係があるという説が立てられた。
ベーリング海峡を渡った人々
約1.4〜1.2万年前、アジアに住んでいた人類の一部がベーリング地峡(当時は陸続きだった)を渡り、北アメリカ大陸へと進出した。さらに南下を続け、わずか数千年のうちに南米大陸の最南端にまで到達している。
この移動のスピードは驚異的だ。当時の技術や環境を考えれば、見知らぬ土地へ進むことは命がけの冒険だったはず。それでも前へ進み続けた人々の中に、DRD4-7Rを持つ「冒険家気質」の人々が多く含まれていたのではないか——これが研究者たちの仮説である。
移動距離と遺伝子頻度の相関
1999年、カリフォルニア大学のChen氏らの研究によって興味深い事実が明らかになった。世界各地の集団を調査した結果、アフリカからの移動距離が長い集団ほど、DRD4-7Rの保有率が高いという相関関係が見つかったのだ。
• 世界平均: 約20.6%
• アジア(東・南アジア): 低い(数%〜10%程度)
• ヨーロッパ: 中程度
• アメリカ先住民: 約48.3%(世界平均の2倍以上)
特に注目すべきは、北米・南米の先住民(ネイティブアメリカン)における48.3%という驚異的な高さだ。アジアから最も遠く離れたアメリカ大陸に到達した人々の約半数が、この「冒険家遺伝子」を持っていた計算になる。
海に漕ぎ出る選択をし、また未知の大陸へ向かう長い旅路の中で、新しい環境への適応力や探索欲求が高い人々——つまりDRD4-7Rを持つ人々——が生き残りやすかったという「正の選択(ポジティブセレクション)」が働いたということかもしれない。
🏜️ ケニアの遊牧民・アリアール族の研究
現代に残る「冒険遺伝子」の影響
2000年代初頭、ワシントン大学の人類学者ダン・T・A・アイゼンバーグらがケニア北部の遊牧民族「アリアール族」を調査した研究は、DRD4-7Rの現実的な影響を示す興味深い事例となっている。
アリアール族はもともと遊牧生活を送っていたが、近年、一部が定住して農耕を始めている。研究チームは遊牧民グループと農耕民グループの両方を調査し、DRD4-7Rを持つ男性の栄養状態を比較した。
遊牧民グループ:
DRD4-7Rを持つ男性 → 栄養状態が良好
農耕民グループ:
DRD4-7Rを持つ男性 → 栄養状態が不良
なぜこのような差が生まれたのか
遊牧生活では、水場や草地を求めて常に移動し、新しい場所を探索することが生存に直結する。DRD4-7Rを持つ人々の「じっとしていられない」「新しいものを探したい」という特性は、遊牧という生活様式においては強みとなる。
一方、農耕生活では同じ場所に留まり、毎日コツコツと作物の世話をする必要がある。新しい場所への探索欲求や衝動的な行動は、むしろ農作業の妨げになってしまう。
🚶 日本人と好奇心遺伝子
島国日本のDRD4-7R
では、私たち日本人はどうだろうか。日本列島は約3〜4万年前に人類が到達し、縄文時代から弥生時代へと移り変わる中で、大陸からの移住者と先住民が混血しながら現代日本人が形成されてきた。
アフリカから直線距離で約12,000キロ離れた日本。この距離を考えれば、日本人の祖先の中にもDRD4-7Rを持つ冒険家たちが含まれていた。かもしれない
現代の移住ブームとの関連
近年、日本では移住が話題になることがちょいちょいある。慣れ親しんだ町を離れ、見知らぬ土地で新しい生活を始める——田舎暮らし・二拠点・海外——この選択をする人々の中に、DRD4-7Rを持つ人が多いのか、興味深いところだ。
もちろん、移住の動機は経済的理由、家族の事情、ライフスタイルの変化など、様々な要因が絡み合っている。ただ、「なぜか新しい場所に惹かれる」「この先に何があるか知りたい」という根源的な好奇心の背景に、遺伝子の影響があったら面白い。
🤔 移住と遺伝子——新しい視点
誰もが「旅人」ではない
旅に行く時よりも家に帰って来た時の方が嬉しいと言う人もいる。
同じ場所に留まり、安定した生活を営むことも、人類にとって重要な生存戦略だった。集団の中に「留まる人」と「探索する人」の両方がいたからこそ、人類は繁栄してきたのだろう。
遺伝子は運命ではない
DRD4-7Rを持っているからといって、必ず旅好きになるわけではないし、持っていないからといって冒険心がないわけでもない。遺伝子はあくまで「傾向」を示すものであり、環境、教育、経験、個人の選択がそれ以上に重要だ。
ただ、自分の中に説明できない「動きたい衝動」や「新しい場所への憧れ」がある人にとって、この遺伝子の存在を知ることは、自分自身を理解する手がかりになるかもしれない。
📝 おわりに——移住という選択
空き家探しや移住について調べているうちに、遠い記憶の中から好奇心遺伝子に関する情報がぼんやりと浮かんできたことが、人類の移動史というテーマに繋がった。寅さんの「ひとつところに留まっていちゃあ、情が移っていけねぇ」という言葉が、妙にしっくりくる。だから私はあちこち移り住んだのかもしれない
現代の移住は、かつてのような命がけの冒険ではない。それでも、見知らぬ土地で新しい生活を始めることは、小さな冒険。そこには不安もあれば、期待もある。
もしあなたが「なぜか別の場所に住んでみたい」と感じているなら、実行してみたら良い。やってみたら満足かはたまた肩透かしか、いずれにせよ納得したら次のカードを繰れる。
• Chen C. et al. (1999) “Population Migration and the Variation of Dopamine D4 Receptor (DRD4) Allele Frequencies Around the Globe” Evolution and Human Behavior
• Matthews and Butler (2011) “Novelty-seeking DRD4 polymorphisms are associated with human migration distance out-of-Africa” American Journal of Physical Anthropology
• Chang F.M. et al. (1996) “The world-wide distribution of allele frequencies at the human dopamine D4 receptor locus” Human Genetics
• Eisenberg D.T.A. et al. “Dopamine receptor genetic polymorphisms and body composition in undernourished pastoralists: An exploration of nutrition indices among nomadic and recently settled Ariaal men of northern Kenya”
• Wang E. et al. (2004) “The Genetic Architecture of Selection at the Human Dopamine Receptor D4 (DRD4) Gene Locus” The American Journal of Human Genetics
• カリフォルニア大学 社会行動学者Chaunsheng Chen氏
• ワシントン大学 人類学者Dan T. A. Eisenberg氏
• インディアナ大学キンゼイ研究所 進化生物学者Justin Garcia氏
• シンガポール国立大学 心理学教授Richard Paul Ebstein氏
• 玉川大学TAPセンター(夏井睦氏の文献引用)
• Psychology Today “The Curious Personality of the DRD4-7r Allele”
• GIGAZINE「ADHDと探検家遺伝子」関連記事

